多様性と個性とベクトル~令和3年度辞令交付式~

4月1日午前9時より、新任職員8名を迎えて、令和3年度辞令交付式を行いました。

恒例の理事長あいさつ(訓辞)を紹介します。

「令和3年度辞令交付式にあたり、一言、ご挨拶申し上げます。

本日は、新任職員8名の皆さん、ご入職おめでとうございます。心よりお喜び申し上げますとともに、親愛会の役員・職員全員の、大歓迎の祝意をここにお伝えさせていただきます。

せっかくの機会ですので、理事長の私より、式典恒例の訓辞を申し上げます。

最近読んだ本の中に、こんな一節がありましたので、ご紹介します。

「多様性があるほうが、組織は確実に強くなる。だから、仕事に対する取り組み方は個性的であってかまわない。けれども、個々の「ベクトルの向き」は必ず一致させておかなければならない。」というものです。

繰り返します。(省略)

これは、企業のブランドコンサルティングで、近年、注目されている、株式会社イマジナ代表取締役社長、関野吉記著『「好き」の設計図』(2019年12月発行)“採用でわかる自社のブランド力”の中の一文です。福祉におけるブランド、ブランディングについては、別の機会にお話しすることがあるかと思います。

昨年来、世界中はコロナウィルスの暗雲に覆われてしまって、いつになったら夜明けが来るのだろうかと、皆さんは、さぞや不安にかられた毎日を過ごされているのではないでしょうか。

ところで、私たちの職場は業務標準表にそって、だれが仕事についても変わらないサービスをめざして日々の業務にあたっています。そこで、先ほどの言葉を借りれば、このような時代にあっては硬直化した“画一性”よりも多様性・柔軟性の中にこそ、時代を生き延びる知恵・工夫が生まれる。だから、一人ひとりにおいては大いに個性を発揮していただきたいーということだと思います。

特にコロナ禍のような時代にあって、生きづらさを抱えた人たちにとっては、まさに法人理念でもある「生きるを支える」ことが求められ、福祉は医療とともにかけがえのないエッセンシャルワーク中のエッセンシャルワークだとの認識を強くするものです。

このようなことから、私たちは、「人々が日常生活を送るために欠かせない仕事を担っている」という自覚と誇りをもって、この困難な時代を、力を合わせて乗り切ろうではありませんか!

本日はおめでとうございます。」

(理事長 矢部 薫)

この10年の歩むべき道~❝未来への分岐点❞が見える人類の課題~

本ホームページ掲載のお知らせのとおり、1月16日から特別養護老人ホーム「みどりのまち親愛」で新型コロナウィルス感染が発生し、適宜、経過報告をさせていただきました。しかしながら、ご利用者1名様におかれましては、入院医療機関による昼夜懸命の加療にもかかわらず、残念ながらご逝去されてしまいました。謹んでここに哀悼の意をささげ、ご冥福をお祈り申し上げます。

ご承知のとおり、1~2月、あちこちの県内医療機関福祉施設で次々とコロナ感染の知らせに接する事態となりました。親愛会では、この間、川越保健所の指示・指導を仰ぎながら最大限のコロナ感染対応を講じてまいりました。

結果、2月8日に保健所の判断により“収束”に至ることができました。しかしながら、3月7日までの県の緊急事態延長下、法人各事業所では、なおも、ご利用者様、そして職員には緊張感を強いられる毎日が続き、特に、特養ホーム内の各ユニットでは、スタッフの疲労も重なる毎日です。

親愛会の法人・施設の関係者の皆様方には、引続き面会の規制などでご不便をおかけすることになりますが、なにとぞご理解をたまわりますよう、よろしくお願い申し上げます。

そんな中ですが、前号に続き、かなり困難ながらも避けては通れない地球規模の課題について扱った、テレビ番組『NHKスペシャル2030』について、本欄の話題とさせていただきます。

内容は、未来への分岐点1「暴走する温暖化 脱炭素への挑戦」(1月9日放映)で、

「新たなフェーズに入った地球温暖化。このままいくと早ければ2030年にも、地球の平均気温は臨界点に達するといわれている。それを超えていくと、温暖化を加速させる現象が連鎖し暴走を始める可能性が明らかになってきた。その時、私たちの暮らしはどうなるのか。どうすれば破局を回避できるのか。この10年歩むべき道を考える(NHK)」というものです。

番組では、平均気温の上昇による影響例として、グリーンランドの氷床溶解、オーストラリア・カリフォルニアの大規模山火事を挙げ、その原因として自動車の保有台数・化石燃料から作られる電気の消費量の増大による二酸化炭素の増加、経済発展による肉の消費量を支える牧畜のための森林伐採による二酸化炭素の吸収力減少などを映像で示し、そして北極・南極の氷の融解などによる気温の上昇予測、2019年に日本列島を襲った台風19号千曲川流域の降雨量(洪水)の1960年代シュミレーションとの比較(増加)、平均気温プラス4度下(か)の荒川下流域の洪水予測を次々と図表等で説明し、その対策として公正な変革スローガン<だれも置き去りにしない>を前面にしたEUのエネルギー転換例を紹介して、事態の深刻さを訴えていました。

そして、地球規模の温暖化がもたらすものの中でとりわけ深刻なのは、これまでシベリアの永久凍土の中に閉じ込められていた、二酸化炭素の25倍もの温室効果をもつメタンガスが爆発的に吹き出し、12時間で1000倍にも増殖するという古代の病原体(モリウィルス)が地上に拡散し、人類の生存自体を揺るがしかねない事態を引き起こすというのです。

このことは、今般のコロナウィルス終息どころか、次なる強力なウィルスの脅威にさらされなければならない事態を指し示し、私にとって、絶望の淵を漂うような衝撃でした。

かつて、子どもの頃に親しんだ『動物図鑑』『鳥類図鑑』の最終ページは、代表的な絶滅危惧種、絶滅種の図で、ニホンオオカミやオガサワラカラスバト・トキなどの虚ろで悲し気なまなざしは、今でも私の脳裏に焼き付いていて、思い起こされました。ちなみに、今や、タイマイジャワサイリカオンタスマニアンデビル・トラ・ジャイアントパンダホホジロザメなどを加えて、世界の絶滅危惧種は28,338種(2019年「レッドリスト」)に上っています。

当番組最後の、アインシュタインの言葉<悪い行いをする者が世界を滅ぼすのではない。それを見ていて何もしない者たちが滅ぼすのだ>が耳に残りました。

私たちは、一人ひとりが例外なく、このような地球規模の危機の時代のうちにある(存在している)ことを十分に認識した上で、さらに困難を強いられるであろう生きづらさを抱えた人たちに寄り添い、支える福祉を、役・職員の叡智を出し合い、力を合わせて、なおも推し進め、実践していかなければならないのだと思いました。

(理事長 矢部 薫)

AIによる社会変化の中で~❝衝撃の書❞が語る人類の未来~

昨年11月から、新型コロナウィルス感染第3波が日を追って拡大し、年の瀬に向かって、県内でも感染者数が急増する事態となりました。

私たち、福祉サービス事業を経営する社会福祉法人は、まずは「持ち込まない!」とばかりに職員に再三の注意喚起を行うなどして、各事業所の特性に合わせた「(コロナ禍での)新しい生活様式」の徹底を図っているところです。

私の自粛生活は、ついに、休日は録画しておいた番組を終日にわたり視聴する<テレビ漬けの生活>が続くことにもなりました。

その中で、12月7日に再放映された「NHK BS1スペシャル “衝撃の書”が語る人類の未来」(2020.1.1放映)は、イスラエル歴史学者ユバル・ノア・ハラル氏の著作『サピエンス全史』『ホモ・デウス』の全貌を、池上彰さんによるインタビューをまじえて、明らかにするものでした。

前半の「サピエンス全史“認知革命”」について、一部を引用して紹介します。

「人類の仲間ホモ属が初めて地上に現れたのはおよそ250万年前。

私たちホモ・サピエンス以外にも多種の人類が生きていました。サピエンスはアフリカで生まれた取るに足りない一種族に過ぎなかったのです。

ネアンデルタール人はサピエンスより脳が大きく力の強い種族だったのでした。にもかかわらずサピエンスはネアンデルタール人を駆逐し、ホモ属で唯一生き残ったのです。いったいなぜでしょうか?

「フィクションを信じる力」だというのです。実は私たちには特別な力がありました。それは、たとえばネアンデルタール人は実際に目にしたものしか、伝えられなかったそうです。ライオンなど実際に目に見えるものしか伝えられなかったそうです。

ところが、サピエンスは、“ライオンは我々の守護霊”だというフィクションを考え出し、その物語をみんなで共有できたというのです。

サピエンスはこのフィクションを共有するすることで、集団で協力して何かを成し遂げられるようになりました。これが認知革命です。

(中略)

サピエンスは、無数の赤の他人と著しく柔軟な形で協力できる。

一対一で喧嘩をしたらネアンデルタール人はおそらくサピエンスを打ち負かしたであろう。だが、何百人という規模の争いになったらネアンデルタール人はまったく勝ち目はなかったはずだ。弱い種族であったはずのサピエンスはこうしてまた「集団の力」を駆使して、拡大してネアンデルタール人など他の種族に打ち勝っていったのです。

(中略)

人間が世界をコントロールするようになったのは、大勢と柔軟に協力できる特別の能力のおかげです。

何百万もの仲間と協力できるのは、われわれ人間だけなのです。

それはいったいなぜ可能なのでしょうか。

フィクションを生み出す力があるからです。」

一般に、フィクションとは<作りごと、虚構>の意味です。虚構などと言われると絵空事のように思えますが、たとえば会社は目に見える建物設備を含め、会社法に裏打ちされた<約束事>として存在している組織にほかなりません。

言うならば、私たち職員にあっても、約束事である社会福祉法を根拠に成立した組織(社会福祉法人)がまずあって、法人があると信じて(契約)、所属・就業している、ということになります。

これまでの人類の歴史の中で、実は繁栄の根底にある「フィクションを信じる力(協力)」こそが、あらゆる困難を乗り越えることができた優れた特質だというハラル氏の分析は、現在、世界中で困難にあえぐコロナ禍にあって、唯一、人類のもつ救いのように感じました。

番組は、“農業革命”“人類の統一”へと進んで前半を閉じ、後半の「ホモ・デウス」に入っていきます。そして、私たち視聴者は、現在のコロナ危機が、さらに加速させていくであろう“AIの活用による社会変化”を、世界の事例をとおして目の当たりにすることになります。

今般、コロナを機に、私たちは、社会福祉現場を担うエッセンシャルワーカーとして、福祉を必要とする人々の生命や健康の維持に努めていかなければならないという思い(使命)を、より強くしました。

番組を通じて、コロナ後のAIによる社会変化の中で、社会福祉事業をどう継続させていかなければならないのか、終始、考えさせられました。

私は、親愛会の理念『生きるを支える(Supporting one’s life)』の立ち位置を再確認し、人材確保(育成)、法人連携、地域包括ケアシステムなどの諸課題に、法人として、より柔軟に、かつ前向きに取り組んでいくことにほかならないのだと、思いました。

(理事長 矢部 薫)

❝みつめむれつくり❞~人間関係改善のヒント~

『月刊福祉』12月号に、<介護福祉業界における人材定着のためのナレッジポイントと取り組むべきヒント第1回>(介護業界の人材動向と職員間の人間関係構築の重要性について)が掲載されていて、他団体の離職者に関する実態調査の結果が引用されています。

それによると、<前職をやめた理由>のうち「職場の人間関係に問題があった」は、(前職が介護関係の仕事)の第1位22.7%で、(前職が介護・福祉・医療関係以外の仕事)の第3位14.6%となっています。この10年来、いろいろな関係団体による退職理由調査にあって、いずれもかつての不満要因のトップを占めていた「給与に起因する理由」を抑えて、「人間関係に起因する理由」が上位にあります。ますます進む人材難の時代に、職員採用が思うように進まない状況下、まず、今現在、就業中の人材の定着に全力を挙げて取り組まなければならない中で、引続き“人間関係”が解決困難な課題となっているのは由々しき事態と言えます。

本誌記事は、「次号から職場の人間関係の改善に向けた取り組みについて、具体的な内容とともに確認していく」とありますので、期待したいところです。

ここでは、少し視点を変えて、先月1日に再放映されたNHK『こころの時代』「ふたつをひとつに ロボットと仏教」(2019.6.30放映)の中から、東京工業大学名誉教授 森政弘氏(92才)の“みつめむれつくり”、三つ目ロボットの作る群れの話を紹介します。

(ナレーター:“みつめむれつくり”は、森さんが1975年に製作した7体のロボットです。それぞれが前方と左右に3つの赤外線センサーをもち、仲間を見つけると追いかけますが、50センチ以内には近よらないようにプログラムされています。

すると興味深い現象が起こります。ロボットは単体ではランダムな動きをしますが、何体かが集まりはじめるとまるで鳥や魚の群れのように列を作ります。

“みつめむれつくり”が先駆けとなった自律分散制御システムは、現在ではロボット工学の分野を超えて研究が進んでいます。)

「沖縄海洋博に出展しました。おもしろい催しができました。

中央にコントロールするボスがおって、コントロールしているんじゃない。思うようにめいめい動いていて、みんな自分が自分をコントロールする。小さいコンピューターを持っているけど、それがお互いにぶつからないように、うまく群れを作って動いている。

実は群れの研究をして、群れを作ろうというと、また集まると皆さん思って、くっついちゃだめです。群れっていうのはね、ある程度距離、ある距離を離さないとだめです。

おもしろいことで、人間でも必要以上に近づくと失礼でしょ。それと同じことです。だからいかに近づかないかが大事なんですよ。」

日本のロボット工学の第一人者 森氏は、「ロボットを作るには人間を知らないといけない。人間の心を理解するためには、仏教ほど深く考究したものはない」と、仏教に関する著書、講演も多く、広く知られるところです。

私は、この“みつめむれつくり”の話が、とかく複雑になりやすい人間関係改善のワンポイント(ヒント)になるのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。

(理事長 矢部 薫)

❝血沸き肉躍る❞~音楽のある自粛生活~

コロナウィルス感染予防のための自粛生活が、政府から非常事態宣言が出された4月7日以降でも半年以上が経過し、いつ終わるとの予測がつかないまま続いています。

親愛会の各事業をご利用の皆様方には、特に入所型の施設にあっては、旅行をはじめ外出行事の自粛(縮小、取やめ、延期など)や余暇支援のためのボランティア活動の受入休止、そして何よりご家族の面会制限にまでご理解とご協力をいただいているところです。

そうした中、職員は、日々、施設内で工夫を凝らした余暇支援を行い、いわゆる“三密”を避けた外出支援を行うなど、くれぐれも利用者の生活の質が守れるよう努めております。

9月に入って、国内外のコロナウィルス感染第2波の兆しが報道される事態に、嘱託医・協力医より「くれぐれも気を抜くな!」との再指導をいただいて、改めて各事業所の注意喚起を行い、職員の自らの生活でも可能なかぎりの自粛継続のお願いと、新しい生活様式の再確認をしました。

私事ですが、前号に続いて、私の自粛生活を支えているもうひとつを紹介させていただきます。

かねてから「読みかけの本と、まだ聴き飽きていないCDがあれば人生は捨てたもんじゃない」と表明してきたとおり、私の趣味に読書と、そのほかにレコード(のちのCD)音楽があります。(※趣味だけに、以降の文章が少し多弁になりますが、お付き合いください)

40年以上も前のこと、10月早々の午後も3時過ぎ、断続勤務の休憩時間から夕方の勤務へと戻った私に、「すごいステレオを買ったでしょう。“ローンの勤務先確認”でさっき電話があったわよ」と、事務員がいぶかし気に聞いてきました。

就職してまもない私が、住込みが条件だという福祉施設の職員宿舎に、前日に運び入れたそのステレオ装置は、当時、市内で有名なオーディオ専門店で求めたものです。応対にあたった店員は、私のせいいっぱいの予算を聞くと、さっそく「プリメインアンプはちょっと無理してトリオ、スピーカーは手堅くダイヤトーンターンテーブルはもちろんデンオン、こうなるとTMチューナはパイオニアでいい」などと選んでいって、かくして「性能からいって引けを取らない!」という私のコンポーネントステレオ装置は、この時から始動開始となったのです。後年、天井知らずの価格を誇る国内外製アンプの名機から流れるクリアな音質を耳にして、“引けを取らない”とは“それなりに”だと知ることとなるのですが、防音設備もない私の部屋では、この時のコンポで十分というほかありません。

肝心の音楽は、1980年代も後半になると専用プレーヤーが安価になり、それまでのLPレコードに代わって次々とCDレコードが発売されたこともあって、多少のショリショリ音はこらえてでも、手入れが不要なCDに切りかえたものです。

時は1990年3月のこと、かつてテレビ中継でがまんしたビートルズ来日公演(1966年)以来、待望となったPマッカートニーの公演を皮切りに、洋楽のCDを買う中で、その発売に合わせて行われるワールドツアーに臨んで、あるいは東京ドーム、あるいは武道館へと足を運んだのでした。

年に1回のささやかな楽しみが、30年の歳月を重ねると、S&GやE・L&P、Jハリスン、Rスター、Rストーンズ、Dパープル、Eクラプトン、Jベック、KISS、エアロスミス、Bディラン、Jペイジ&Rプラント、CS&N、イエス、K・クリムゾン、そして10月8日にエディを亡くしたVヘイレン、Iマルムスティーン、Bサバス、NIN、RHCペッパーズなど。クラシック音楽では、もっぱら朝比奈隆ゲルギエフを追いかけてきた―のとは違って、私にとって“血沸き肉躍る”ロックにあっては来たとこ勝負。ふり返ればあれもこれも・・・、どう考えてみても一貫性が疑われます。

もちろん読書と音楽で、私はこの自粛の生活をたやすく乗り切れるはずでした。が、読書については個人的な理由で前号のとおり。音楽については、CDで聴く分には影響はありませんが、コンサートともなるとクラスター発生予防から、今なお国内外で制約をよぎなくされているようです。

この期に及んで、私としては、クラシックはかねてより、時にテレビで放映される上述のロックバンドのライブ録画も加えて、ステイホーム、家でのコンサートを楽しむこととした次第です。

(理事長 矢部 薫)

秋ともなれば~❝悲しき天使❞に寄せて~

イギリスのフォークソング歌手、メリーホプキンの歌う『悲しき天使』(Those Were the Days)をご存じでしょうか。かつての川越の街あたりでも、秋口から始まって暮れの街角に、商店街のスピーカーから流れた哀愁たっぷりなメロディーと歌声は、すっかり私の記憶の中に取り込まれたかのようです。久しく聞くこともなくなった今でも、秋ともなれば、早速、私の頭の中でぐるぐると再生し始めます。

この曲は、1968年にPマッカートニーがプロデュースし、アップルレコード設立時に最初のシングルレコードとして発売したことで注目され、かつ世界的に大ヒット、日本では森山良子さんの日本語版で聞きなじんだ人も多いのではないでしょうか。原曲は、ロシア語。ジプシー風の音楽様式で作曲され、一時はロシア民謡として扱われたこともあったということです。

曲の随所に奏でられるバラライカのような楽器の音色の中で、歌詞は、”過ぎ去った若かりし日々”を懐かしく回想した後、

Just tonight I stood before the tavern

Nothing seemed the way it used to be

In the glass I saw a strange reflection

Was that lonely woman really me

(※今宵、あの居酒屋の前に佇めば、かつての面影などどこにも見当たらず、窓ガラスには見知らぬ人の影が映っている―その孤独な女こそまさに、今の自分だった)

と、サビに入っていきます。

時はさかのぼって50年近くも前のこと、20歳を過ぎた私は、あろうことか「1年に100冊の本を読む」との誓いを立てたことがありました。学生時代の何年かは、<月に10冊、3日で1冊>などと呪文のように唱えて、そのころ覚えた3倍速読み、斜め読みなどを駆使して、どうにか目標を達成することができました。

しかしながら、就職し家庭をもつにつれ、その誓いもいつしか半減を繰り返すようになって、福祉系の専門書以外では、寄る年波、今や年に10冊程度まで落ちこんでいます。

そんな風に読み親しんできた本の中に、詩人中原中也が生前唯一刊行した詩集『山羊の歌』に「帰郷」という詩があります。久しぶりに山口県湯田温泉にある生家に帰った折の作品です。その最終節で、

あゝ おまへはなにをして来たのだと

吹き来る風が私に云ふ

と、詩人はつぶやきます。

それらが、私に、前述の誓いに対する焦燥感を呼び起こして、今でも書店へと急がせるのです。

先日のこと、バスの待ち時間に、せかされるようにルミネビル4階に飛び込み、そのうちの数冊を手にして・・・、だが、「待てよ!」とばかりに、そのすべてを元の本棚に戻したことがありました。

『悲しき天使』の歌詞は、

Oh my friend we’re older but no wiser

For in our hearts the dreams are still the same

(※(旧友と再会して―)お互い年取ったけれどちっとも賢くはならなかった。でも若き日に抱いた夢は今でも同じ。そうよね)

と、結んで、再び回想(歌詞)をのせたメロディーに戻って、終わります。

私は、気を取り直して、もう一度、そのうちの1冊を今度はためらうことなく手にして、レジに急いだのでした。

(理事長 矢部 薫)

❝信念と共に若く❞~元職員 吉田郁子さんご逝去~

先月23日に、当法人の元職員吉田郁子さんが逝去されました。
吉田さんは、昭和60年(1985年)に川越親愛センター(当時の「川越親愛学園」)に生活指導員として入職され、のちに主任として勤務されました。
私とは、ペアで遅番・夜勤を組むことも多くて、遅番で9時の引継ぎを過ぎても「やり残したことがありますから、もう少ししてから帰ります」と言って、居住棟内の浴室や洗濯場、それから室内班作業室に戻られることも多かったと記憶しています。
先日、親愛会広報紙『親愛だより』の綴りをめくると、平成元年5月1日(1989年)創刊ですので残念ながら吉田さん入職時の記事は見当たりませんが、「老化度調査」「社会生活能力検査」「口腔保健調査」の報告文があります。そして、平成7年8月に前任者より引き継ぎ全国でもその実績を高く評価された埼玉県心身障害児(者)地域療育拠点施設事業コーディネーター在任中では、「老化の実態とその処遇のあり方について」「ボランティア活動に関するアンケート調査結果」、さらに視察報告「第20回北欧教育福祉事情視察団(その1スウェーデン)(その2デンマーク)」などの充実した記事が目に留まります。
その他にも、当時は、園長以下数名の職員と交替で広報紙上の和顔愛語欄を担当し、また編集委員として私と交互に記した編集後記も含めると、多くの文章を表し、残したことが分かります。
中でも、発刊当初の第3号の和顔愛語欄には、米国の心理学者(詩人)のサムエル・ウルマンの“青春の詩”<青春とは人生の或る期間を言うのではなく、心の様相を言うのだ。優れた想像力、たくましい意志、炎える情熱、安易を捨てる冒険心、こういう心の様相を青春と言うのだ。十六才であろうと七十才であろうと、年齢に関係なく、・・人は信念と共に若く、疑惑と共に老いる。希望ある限り若く、失望と共に朽ちる>を紹介していて、私の記憶に今なお鮮やかです。
そして、自身について「すでに人生の一時期として青春を過ぎた自分が今現在、人生の曲がり角に立ちふっと自分をみつめる時、この詩を口ずさみ生きることへの情熱が消えることのないよう自らをはげますのである。そして自分の心を救うものは自分以外にないと思い定める強さをこの青春の詩から与えられるのである」「一冊の本、一行の文章、一声のことばかけから思いもかけないほどのエネルギーが内からあふれ、自分の人生を大きくひろく豊かにしてくれる」と、続け、ふたたびウルマンの詩に戻って「まさに<大地より、神より、人より、美と喜悦、勇気と壮大、そして偉力の霊感を受ける限り人の若さは失われない>のである」と結んでいます。
40代も後半になって一般企業から転職されて4年目、自らの内にあふれるエネルギー(情熱)をよりどころに、いよいよ本格的に福祉人として歩みだす、吉田さんの50才の決意と、生涯を通したであろう人生観が見えてくるようです。
利用者の皆様にはだれからも“おかあちゃん(吉田母ちゃん)”と親しまれ、一部のご家族には相談の内容一つひとつに真摯に耳を傾け涙する姿から“神様(女神様)”と敬愛された吉田さんの福祉人生16年と、定年退職後は自らの家族のために求められるところ東奔西走の毎日を過ごし、この数年のこと、やっと一息つくも束の間・・、享年80才の生涯でした。
ご冥福をお祈り申し上げます。
(理事長 矢部 薫)