おきな草に寄せて〜宮澤賢治の世界〜


「おきな草 ヌヴォーランプの 深き赤」(井蛙)

おきなぐさ(翁草)の花が咲きました。
数年前のこと、7月に所用で長野県に行った折、帰りに立ち寄った野沢温泉の朝市で、誘われるようにおきな草の種を買いました。その綿だらけの種を箱に蒔いておいたら、予想以上にたくさん発芽してくれました。それを鉢に移して庭の片隅に置いたままにして・・・、気が付けば、昨年の春に見事に花が咲いていて、ご近所におすそ分けしたり、職場に飾ったりして楽しみました。
今年も、早々と、咲いているのを見つけましたので、早速、玄関に置いたところです。(写真)
おきな草については、詩人宮澤賢治の童話『おきなぐさ』がお馴染みです。その始まりのところで、賢治は
「あの毛莨科のおきなぐさの黒朱子の花びら、青じろいやはり銀びろうどの刻みのある葉、それから6月のつやつや光る冠毛がみなはっきりと眼にうかびます。」
「まっ赤なアネモネの花の従兄、きみかげそうやかたくりの花のともだち、このうずのしゅげ(おきな草)の花をきらいなものはありません。」
「ごらんなさい。この花は黒朱子ででもこしらえた変り型のコップのように見えますが、その黒いのはたとえば葡萄酒が黒く見えるのと同じです。」
と、丁寧に説明しています。
その上で、賢治は、この作品の本話として、まず“蟻”に「おまえはうずのしゅげはすきかい、きらいかい」とたずねて蟻におきな草の魅力をしばらく語らせます。そして、鳥を引き裂いて喰べようとしているらしい“山男”が、喰べることを忘れておきな草に見入っているエピソードを挟んで、・・・いよいよ“2本のおきな草とひばり”の臨場感あふれる世界へと読者を引き込んでいきます。
特に、<小岩井農場の南にある七つ森の野山を駆け巡る雲影>の描写は素晴らしく、まるでセザンヌの絵『サントヴィクトワール山』やゴッホの絵『麦畑』のごとく、光と風とエメラルドグリーンの織りなす空間が見えてきて、賢治の真骨頂を体感できる箇所です。
そして、<おきな草のたましい>を小さな変光星へと昇華させて終わりとしています。
私にとって、たとえばシャガールの絵のように次々とモチーフを膨らませていく天才賢治の世界は、この童話『おきなぐさ』のように何度読んでも、読み尽せない魅力にあふれるのです。
(理事長 矢部 薫)