花見記〜今年の桜は例年になく・・・〜

今年の桜は、春が遅かった分、当地では4月10日前後の満開となりました。親愛センターの、かつて丸山先生から戸口先生への“園長引継ぎのソメイヨシノ(樹齢約20年)”も、初代理事長 郄沢先生の障がい者福祉への熱き思いを刻んだ『福祉の里の碑』の脇士さながら、威風堂々、見事でした。南の里では、花桃モクレンソメイヨシノが一斉に咲いて、折から催した園内での花見会は、好天に恵まれて、文字通り南の里10年の“三春”を満喫することができました。(※詳細は、事務局ブログ『お花見〜親愛南の里〜』に掲載中です)
場所は変わって、越生町には多くの古寺、由緒ある寺院があって、4月21日、この日、最近ではすっかり俳句仲間の、秋和さんにお誘いいただいたのは越生七福神中の全洞院・龍穏寺、そして虚空蔵尊の花見でした。
最初に訪ねた全洞院は黒山三滝の近くの無住の寺で、古い武将の墓があって、桜とは別に、境内から続く山の斜面にそって、折から山わさびの白い花が咲き誇っていました。同行の小谷野さんは山野草に造詣が深くて、秋和さんと私は、“ジゴクノカマノフタ(地獄の釜の蓋)”などと名前はおどろおどろしいが小さく愛らしい青紫の花をつけた野草や、“カンアオイ(寒葵)”のほぼ土中に咲いているような地味だが風格のある茶色の花などについて、名前の由来、種・目などの説明を聞いて、次々と親しみを覚えたものでした。
桜は少し遅かったのですが、それでも晩生のソメイヨシノやいくつかの種類の山桜が川沿いに映えて、折からヒヨドリが飛んで来て枝から枝へ移るたびに、花びらを散らしていました。
次の龍穏寺では、桜が半分ほど散っていて、境内は花びらを敷き詰めて、まるで浄土のように美しかったのでした。もちろん、太田道灌父子の墓所のある高台にも多くの野草があって、改めて名前を確認したりしながら楽しいひとときを過ごしました。
圧巻は、虚空蔵尊の裏手にある広大な桜の公園で、未だ造成中にも関わらず、遅咲きの花見が楽しめました。全国各地から集めた山桜・八重桜などには、それぞれの花の色形にも特徴があって、偶然にすれ違った夫婦連れのご主人の説明では、「私も桜を植えた一人です。現在七十数種あると思います。」とのこと、思いもかけず越生の“桜守”のお話を伺えました。
ところで、この季節、親愛会の諸事業を展開している市内福原地区の中学校の正門左手に、白いブラシのような花が咲くのを数年前に見かけ、気になっておりました。先日、親愛センターからの帰途に、辺りに広がる雑木林に目を見やると、頭上に白い花が咲いていました。念のため目を凝らして見ると、やはり、あの白い花でした。(※参考までに写真を掲載します)


参考までに短い一枝を折ってきて、インターネットで調べると、名前は“上溝桜(ウワミズ(ゾ)ザクラ)”、「むかし宮中で亀甲占いのとき、この材の上面に溝を彫って使ったことに由来する」そうで、全国の山野に自生して、そんなに珍しくもないようでした。しかしながら、まるでブラシのような花が・・・、最近よく見かける外来の庭木、“ブラシの木”の赤い花の親せきのような花が・・・、言わば古代桜の一つとして種をつなぎ、この武蔵野の雑木林の一角で薪炭用雑木の一つとして人々の暮らしを支え続けてきたことに・・・、そして、あの中学校に植えた人の思いに・・・、ますます興味津津といったところでした。
こうして、私なりの花見は例年になく満ち足りた思いのうちに過ぎていったのでした。
(理事長 矢部 薫)