散歩〜同じ道を帰ると・・・〜

皆様方の中には、健康のため、生活習慣病予防のため、理由はいろいろありますが、散歩を趣味・日課としていらっしゃる方も多いと思います。
先日、早朝のテレビ番組で、映画監督の大林宣彦氏が
「これまでは自宅の周りをぐるっと一回りして来たのですが、ある時から、折り返して同じ道を戻って来ることにしたんです。すると、同じ道でもまるで違うんですね」(趣旨)
と言っていました。
私たちの福祉施設でも、利用者の運動がてら、あるいは土曜・日曜日の余暇利用に散歩に行きます。しかしながら、トイレも付いて、自動車も来なくて・・・などというと、公園などの大方の散歩コースは行き慣れて、利用者に「つまんない!」とばかり、不評を買うようになります。
私も、若いうちからの散歩愛好者ですので、例えば見知ぬ町中を散歩して次々と変化していく家並に興味津津、ちょっとした旅行気分で、さらに異邦人気取りでいると、さしたる名所旧跡がなくても、さすがに楽しいものです。
ですが、日課としての散歩となると、所要時間優先となって、結局、毎日同じコースを辿ることになります。が、同じコースでも春夏秋冬、四季折々の変化は思った以上に楽しいものです。毎日見ていても、大自然の日々の移り変わり、人間の営みの為すところのわずかな変化に気づき、感動する。これが散歩の妙味と言えるかと思います。
ところが、ふっと気紛れから逆のコースを行ってみようとするや、例えば慣れた下り坂の道を逆に上っていくと、そこに開けた景色は、武蔵野の農家や畑、雑木林の見える順序から違い、学校・倉庫建物の逆の側面を見なければなりませんので、戸惑うばかりか、どうも落ち着かない。新鮮さというよりは、違和感ばかりがつのって、歩きにくい。“まるで違う”のです。
私の住んでいる川越市福原地区は東西に伸びる道路沿いに江戸時代の開墾集落が並んでいて、その1軒ごとに雑木林を背に、南面に細長く畑地が開けていて、今でも茶畑が点在して独特の新田集落を形成しています。この集落が狭山所沢方面に、多少の起伏を持ちながら幾重にも並んでいて、豊かな農村風景を醸し出しています。
その中を帯状に広がる雑木林は、11月中下旬から見事な紅葉を開始して、12月に入ると北風とともに大量の落ち葉を降らし、冬の眠りに入ります。すると、今までうっそうとしていた林が見通せるようになって、ひょんなところから富士山が見えるようになります。
これからの季節の、散歩のポイントはどうしたって富士山です。夜明け直前の富士山はいぶし銀のように白く、日の出とともに赤富士に変化して、朝を迎えた頃には真っ白な白銀の富士に変わります。その富士山が、茶畑の点在する畑から望むと、大自然の遥か彼方に、それでも悠然と大きな背景を成しています。そして、新たに開かれた新興住宅地の家々の間からは、もう見えないものだと決めていた散歩者に、時にコースを変えてやってくる散歩者に、2階の庇まで届く高さで、驚くほど急峻な姿を見せてくれます。
こうして、“冬は、つとめて。”(冬は朝早い頃がよい。清少納言枕草子』)、寒さの中でも凛とした、その引きしまった冬らしさが一層際立ちます。
そして、大林氏は
「これと同じで、年とともに経験を重ねて、来た道を向こう側から見られるようになる。これがベテランというか、まだまだ私たちには知恵を活かして行動していく必要があると思います」(趣旨)
と結んでいました。
今年も、残すところあと半月ばかりとなりました。
私こと、還暦を過ぎてから、人生の日々を、散歩のように一歩ずつ愛しむように送りたいと思っても、あっという間の1日、1週間を重ねているうちにすさまじい勢いで1年が過ぎていくようです。
仕事の1年の計は元旦にあらず、4月からの年度単位で計画されますが、時代は変わっても、私たちの気持ちは正月に始まってクリスマス、大晦日に終わるようです。私も、少し意識的にこの1年の来し方を振り返って、来年に向かって、年相応の知恵を働かせて頑張って行きたいと思っております。
(理事長 矢部 薫)