半端な仕事・大した仕事〜地域福祉ということ〜

先日、散歩中に行き交ったご近所の人との立ち話で、
「矢部さんも大したもんだ」と、言われました。
同じ人から、つい1、2年前までは、「ハンパな仕事をしている」と言われ続けていたので、全く意外な評価に驚きました。彼はといえば、私の通っていた小中学校の大先輩で、共に先祖を遡ってお付き合いをつないできた間柄ですので、私に対しては全く歯に衣着せぬ物言いの人物なのです。
そんな彼が言うには、要するに、親愛会が始まって以来、福祉といっても親愛会のなすところは知的障がい者を対象とした福祉で、地域の人から見れば障がい者の発生率に応じた20軒か30軒に1軒の話でしかない。ところが、親愛会の事業が拡大されるに従って、この狭い小中学校圏域の中の、それも1〜2の地区に障がい者が目立つようになって、今や、バス停は少し遅い朝と少し早めの夕方の時間帯ともなると障がい者でいっぱいになる。そして、バンザイしたような緑の福祉車両が時に細い道を走り去っていく・・・、これが彼の言う“半端(ハンパ)”の実態なのです。
話は変わって、今から20年前のこと、私は、その前年に移住した中澤健氏をマレーシアペナン島に訪ねたことがありました。ちょうどこの年は、CBR(Community-based Rehabilitation、地域に根ざしたリハビリテーション)、調べると「障がいをもつすべての子どもおよび大人のリハビリテーション、機会均等化および社会統合に向けた地域社会開発における戦略の一つ。障害のある人、家族およびコミュニティ並びに適切な保健医療・教育・職業・社会サービスが一致協力することによって実施される」の意味になるそうですが、そのことを、WHO、ILO、UNESCOが合同政策方針とした記念の年だったようです。
元はWHOが1980年代に地域社会にある既存のさまざまな資源を活用して、途上国の農村に住む障がいのある人と家族の向上のために開発して取り組まれてきた経緯があって、マレーシアでもその活動は、資金不足の課題は抱えつつも徐々に成果を上げていて、CBRの実際について見学し、直接、中澤先生から時に熱くその理論を語っていただいたことがありました。
その年の広報紙『親愛だより』NO.54に、私は「CBR(地域に根ざした福祉)、まずエリアが地域ごとに設定され(例えば市街地ならバスで通える範囲、山間部なら歩いて通える範囲など)、そこに集まったあらゆる困難な状況をもった人々が実際にどんな援助を必要としているのか検討して、リーダーを中心にそれぞれに合った、また地域の実情に照らした多様な福祉(センター型、訪問型、混合型など)を展開し、さらに年々のニーズの変化を考慮して活動していくというものであった」(中略)と報告し、「何より「地域」があって、困っている人がいて、サービスが検討されて・・・というような活動自体にCBRの本質、地域に根ざした心の通う福祉があった」と結んでいます。
日本の、児童・成人・老人、そして障がいも多岐に細分化された福祉とはだいぶ趣を異にしていますが、厚労省の言う「地域福祉(在宅福祉)」について、親愛会では、昭和54年の発足当初の10年こそ足踏みでしたが、時代のニーズにより緊急一時保護事業(のちの短期入所事業)、生活ホーム事業(のちのグループホーム事業)、地域デイケア事業(のちの通所部・分場、日中活動事業)、ホームヘルプ事業、そして生活サポート事業を行い、他方、地域療育等拠点施設事業(のちの相談支援事業)、障害者就業・生活支援事業、地域生活定着支援センター事業、子供の発達支援巡回事業などの地域福祉型の諸相談事業を拡充してきました。それらにより、地域の諸問題、たとえばごみ屋敷化したアパートの片付け、被虐待障がい者の受入れ、障がい・高齢受刑者の出所後の生活援助、派遣切り労働者の緊急保護等を行う中で、根底に潜む貧困の問題が見えてきて、いわゆる“制度の谷間にいる”、“制度から抜け落ちた”人たちへの対応に、それまでは一法人一施設として入所者だけを見てきた福祉から大きく変えて、つまり障がい者福祉の枠を超えた領域の、地域の在宅対策に足を踏み込まざるを得ない状況となりました。
昨年、川越市と市社協では、地区福祉計画を見据えた地域福祉の推進のために、
・地域住民の相互扶助による見守り活動
・公的制度による支援の狭間の穴埋め(緊急対応、つなぎ支援、ちょこっと支援)
・身近な安心を得るための支え合い活動
・災害時などの助け合いのしくみづくり
を最終的な目的とした取り組みとして、7月より「地域福祉サポートシステム」事業を一部地区(2圏域にCSWを1名ずつ配置、モデル事業)で開始しました。
他方、親愛会の所属する地区にあっては、当法人と医療法人・社会福祉法人等の事業者が呼びかけて、自治会・民生児童委員協議会との協働を目指して、まず地区福祉ネットワークから始めようと会議を重ねたところですが、どうにも先に進めない状況が続いて、ついに各地区の会長・委員さん方が任期を迎えるに至ってしまいました。
これとは別に、県社協の力添えもあって、県経営協を中心に、昨年から視察、会議を重ねて、本年9月より「彩の国あんしんセーフティネット事業」を開始する運びとなりました。内容は、大阪の老施協が行っている社会貢献事業を埼玉県方式としてオール種別、つまり老施協・発障協をはじめ、乳児・母子・保育・児童・救護・身体・就労・精神の各種別協会と市町村社協連絡会所属の各社会福祉法人が資金を拠出して、CSWコミュニティソーシャルワーカー)を介して、生活困窮世帯に経済的援助(10万円までの現物支給)を行うものです。
親愛会では、これまでの経緯も踏まえて、配置予定のCSWが主体となって、今秋より地域の見守り活動等の諸活動を通じて、時に必要とあらば上記セーフティネット事業を使った援助を行いたいと考えています。
そして、このことが、行き着く先、本来の意味で「地域に根ざした福祉」、広義の「地域包括ケアシステム」が構築されるのではないかと期待したいところです。
ところで、親愛会では、障がい者の入所施設の機能拡大を目的に、川越親愛学園(現川越親愛センター)の高齢化対策として、平成13年10月に主に高齢障がい者を対象とした親愛南の里を開設しました。その南の里にあっても、数年後には高齢・病弱化傾向はさらに拍車をかけていって、現在、車いすでミキサー食・おむつ・特浴槽対応の利用者が急増、その受入れ先として、重度で高齢病弱障がい者の一部ユニットでの入居可能な特別養護老人ホームの建設に、まもなく着手することとした次第です。
もちろん一般の特養ホーム(広域型)ですので、このことにもよるものでしょう、冒頭のご近所の人の私に対する評価は大きく変わって・・・、つまり、地域住民にとって、これまでの親愛会の諸事業が少しは身近に感じたとしても多くの人には関係の薄い(無い)ことだったのが、2年前から特養ホームの開設が説明会を通じて周知されるようになって・・・、「遅かれ早かれお世話になる」であろう事業の開始が、今から期待されての評価となったように思われます。
このように、高齢者福祉分野での地域住民の福祉をも主たる事業の1つとして加わることとなった今、前述のCSWの活動も含め、私たち親愛会職員は、改めて「地域福祉」の重みをしっかりと受け止めて、まずは各事業の支援・介護の質の向上を図っていくと同時に、決して社会貢献などという次元ではなく、社会福祉法人の果たすべき役割として地域の福祉推進の一端を担っていく、このこと以外に、地域の負託に応える道はないと思います。
(理事長 矢部 薫)