幸福を生きる〜人生の意味と人間関係〜

先月のこと、本法人でお願いしている役員さん宅におじゃましたことがありました。用件を済ませて座敷を降りると、玄関の上がりかまちの先の扉が開いていて、何やら物置然とした部屋が垣間見られました。同行の職員が目ざとく、「すごいですね!」と感嘆の声を上げていたので、私は「えっ、何ですか」などと言いながらその部屋に一歩だけ足を踏み入れさせていただくと・・・、まぎれもない、そこはカッパドキアか石筍か、わずかにけもの道様の通路を残して、とにかく書棚からあふれ出たおびただしい蔵書群がところ狭しと腰胸の高さに乱立していました。
「みごとですね!」などと、すでに玄関先を出られた当主に話しかけると、「いやあ、劣等感ですよ」と謙遜されたのでした。
私は、とっさに<劣等感とは理想の自分と現実の自分の差をいう。今や定年後の晴耕雨読の身、決して他人との比較ではないはず・・・>などと一人ごちて、帰途に着いたのでした。
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その翌日から、飛び飛びではありましたが、出張(会議・研修会等)が続き、行き帰りの電車バス中の暇つぶし用に買い求めたのが岸見一郎著『100分de名著“人生の意味の心理学”(NHKテキスト)』・・・、最近、少しブームになっているというアドラー心理学の入門書です。文中には、「今より優れたいと思うのは、人間の普遍的な欲求である」として、その動機づけについて、まず“優越性の追求”、さらに“劣等感”が挙げられています。著者は、この劣等感を、「他者との比較ではなく、理想の自分と現実の自分との比較から生じるもの」として、
例えば、科学の進歩は、人が無知であることと、将来のために備えることが必要であることを意識している時にだけ可能である。それは人間の運命を改善し、宇宙についてもっと多くのことを知り、宇宙をよりよく制御しようとする努力の結果である。実際、私には、人間の文化のすべては劣等感に基づいていると思える。アドラー『人生の意味の心理学』)
を引用していました。
まさに上述、役員さんをほうふつとさせてくれたのでした。
ちなみに、後日の役員会の折、このことに触れると、「好奇心です。あくなき好奇心・・・」と付け加えておられたのが、私の心に残っています。
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話は変わって、10日後の22日のこと、この日行われた『町田福祉園運営10周年記念式典』で、みずき福祉会理事長兼GMの阿部美樹雄氏は、「挨拶の代わりに講義をします」と前置きして、冒頭「福祉とは多くの幸せという意味です。いいですか、福祉とは多くの幸せです」と独特の、一言ひとことに心を込めた語り口で福祉論を始められました。私の印象に残ったのは、「ハーバード大学による70年以上にわたって継続されて、実際に“歴史上最も長い追跡調査”となっている研究プロジェクト『グラントスタディ』を紹介します。それによれば、本調査は当初724名からスタートし、今なお60名が存命で80歳代、全ての人が研究への協力を継続しているという。その結果、何がわかったか。最終的に人が幸せになるには何が重要か。それは<良い人間関係が幸福をもたらす>ということだというのです」のところでした。
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話は戻って、前述の『人生の意味の心理学』入門書の中で、アドラーの「すべての悩みは対人関係の悩みである」との理論から、対人関係を転換(改善)する手段として、その障壁となっている承認欲求や「自分が世界の中心にいる」という意識から脱却する三つの方法
1、他者に関心を持つこと
2、他者は自分の期待を満たすために生きているのではないことを知ること
3、課題の分離
を、紹介しています。
そして、最終的に
自分自身の幸福と人類の幸福のためにもっとも貢献するのは共同体感覚である。アドラー『同上』)
として、人と人との結びつき=仲間、さらにすべての人間が「対等の横の関係にあるということ」「人は誰にも何にも支配されない」という2つの考え方こそが本当の意味での民主主義であり、
自分自身の幸福と人類の幸福のためにもっとも貢献する。アドラー『同上』)
と、結んでいます。
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ところで、福祉業界は、今、過去に例を見ないほどの人材不足に陥っています。親愛会も例外ではなく、来年度向けの求人が複数名分、不足しています。
ご承知のとおり、若年労働者の絶対量の不足については、あらゆる産業界でも指摘されていることで、2011年に始まったとされる日本の人口減少社会においては解決(改善)の見込みの立たない事態となっています。
私たちは、この状況をしっかりと受け入れて、人材の採用から定着に軸足を移した人材確保を図らなければなりません。
あちこちの統計でも似た傾向を示していますが、福祉職員の離職理由では、おおむね「結婚、出産・育児」「法人・事業所の理念や運営のあり方に不満があった」「職場の人間関係に問題があった」が、「収入が少なかった」を抑えてのベスト3をなすとのことです(h26.10.27厚労省資料)。「収入―」については、その財源となる30年度同時改定予定の介護保険障害福祉サービスの報酬(単価)アップを求めていくこととして、現実の私たちの法人・施設を見れば、上記ベスト3の改善を図ることが急務と考えるところです。
折からの社会福祉法人改革に併せて、思い切った組織改革ができるこの上のない機会だと思います。本論の<良い人間関係⇒幸福>構築のために。
(理事長 矢部 薫)