ご冥福をお祈り申し上げます

今年が、まだ2月も下旬に入ったばかりだというのに、親愛会にとって法人開設以来、長年にわたって大変お世話になった方々が相次いでご逝去されました。

正月早々には、秋山キヨ子さんがお亡くなりになられました。親愛会では、法人理事・評議員及び後援会理事として長い間ご尽力いただきました。秋山さんは、お住まいが、私の家のご近所にあって、朝に夕にお見かけすることも多くて、お会いした時には必ずと言っていいほど「応援しているから、がんばってね」と、励ましのお言葉をいただきました。
また、長い間、川越市及び地区のいろいろな役員をされていて、その後姿に「頼まれちゃったからしょうがないやー」と明るい声を残して・・・、夏も冬も、雨の日も風の日も自転車に乗って東奔西走!の多忙な毎日だったように思います。晩年、このことが認められて叙勲の栄に浴されましたが、この頃より徐々に体調を崩されていかれたように思います。

翌日には、保護者の間坂宏さんがお亡くなりになられました。間坂さんは、大変、穏やかな紳士で、毎週のように奥様とご一緒にご子息の面会に来園され、時季を得て帰省されるなど、こまめにお世話をされていました。親愛会では、法人理事・監事、評議員、後援会の監事としてご尽力いただきましたし、ご夫妻二人三脚で保護者会長をなされ活躍されました。
また、医師で、剣道は師範の腕前ということもあって、それを彷彿とさせるお姿から発せられる博識で、かつ真摯なご発言には常に冷静、沈着のたたずまいがありました。
その間坂さんが入院されたとお聞きしましたので、昨年暮れにお見舞いにお伺いしたおりには、淡々とお言葉を返されていて、ひと安心といったところでした。

そして、先週の初めには保護者の吉田寿子さんがお亡くなりになられました。
吉田さんのご主人様には、親愛会開設時の発起人、理事としてご尽力いただきました。医学博士でしたので、高い見識の中から、ことあるごとに将来の医療、福祉に関する展望などをご披露いただきました。ちなみに、寿三郎(すみお)先生のご趣味は絵画制作で、あるとき都内の画廊で行われた個展にご案内いただいたことがありました。先生が亡くなられてしばらく経って、昨年夏のこと、お蔵に眠る大量の、額に入った水彩画のうちの半分にも満たないでしょうか、ご息女から百点余りの絵画を特養ホームにご寄贈いただきました。現在、そのうちの人物画10点を特養ホームに飾らせていただいています。
寿子さんご本人様には、法人理事・評議員、初代保護者会長として、親愛会の草創期にご尽力いただきました。
昨夏、作品を譲り受けにお伺いしたご自宅で、奥からお見えになって、「あらあら、先生方いらっしゃっていらしたんですの。いつもお世話になっております。」と、ご挨拶をいただいたのが最期になってしまいました。

お三人様には、90歳以上のご高齢ながら、もちろんいつまでもお元気でご自宅で過ごされるよう願っていましたが、もしも介助がご入用のときには親愛会の行う特養ホーム「みどりのまち親愛」で、デイサービス・ショートステイ・入居なりで、ごゆっくりお過ごしいただきたい、と役職員一同お待ちしておりました。
ここに、ご生前の物心にわたる多大なご支援に深く感謝し、ご冥福をお祈り申し上げます。
(理事長 矢部 薫)