選択・決定の自由ということ

1960年代に北欧から始まったノーマライゼイションの思潮をもとに障害者の権利擁護が進んで、日本では、それまでの措置という行政処分としての障害者福祉を見直して、平成15年4月施行の支援費制度では、障害者自らが福祉サービスを選択し、自己決定することが重要視されたところです。が、平成18年4月施行の障害者自立支援法になると、一転、障害程度区分という無理やり介護保険から持ってきたツールで行われる市町村の審査会による支給決定により、利用者の行く先(福祉サービス)が決まってしまうということになりました。
こうした背景で改めて自己選択・自己決定の根拠となる自由ということについて考えてみたいと思います。

資本主義の市場経済下では、人が自由に生きられる保障として、法律には「近代市民法の3原則」があります。これについて、日頃より親愛南の里の中で考えさせられるところを述べたいと思います。
①過失責任の原則
 「無過失が立証されないかぎり、自らの行為についてのみ、他人への過失には損害賠償責任がある」
 知的障害者の犯罪は、一般的に、心神耗弱状態にある者として刑法上の量刑を免れるかのようですが、実際は一般の犯罪者と同様に、刑務所で服役している知的障害者の実態が、かつて山本譲司著『獄窓記』で紹介されて、反響を呼びました。また、本年4月16日に、刑務所から出所する知的障害者の社会復帰を進める民間団体「中央社会生活支援センター」が、都内に開設されたところです。(※)
 他方、重大な触法行為をした者については、不起訴処分であっても継続的な医療の必要から指定医療機関に入院または通院させることができるように「新たな処遇制度(案)」の骨子が発表されています。
 ここで言われる損害賠償責任については、民事として、本人の財産管理に当たる家族または成年後見人が本人に代わって賠償を行うのが一般的です。ちなみに、親愛南の里では、埼玉県知的障害児者サポート協会がすすめる総合補償制度(AIU賠償責任保険)に家族・後見人が加入して、他人への過失において生じた損害賠償に充てているところです。
契約自由の原則
 「自由な自己決定により、自分の思ったとおりの契約ができる」
 知的障害者の自己選択・自己決定は、支援費制度が発足した当初、それまで措置(行政処分)としてしか福祉を受けられなかった障害者にとっては画期的な“自由”をもたらす福祉制度として、期待されたところです。法律的には、心神耗弱状態にある者のみでは、契約当事者にはなれないので、正式には成年後見人が代理人として契約できるのみです。が、実際の利用契約では、本人が信頼できる人として家族が連名で署名して契約成立(?)として、ご利用いただいております。
 ところが、障害者自立支援法においては、例えば、基本的には、障害程度区分3以上でなければ生活介護を受けられなかったり、障害程度区分4以上でなければ施設入所支援が受けられないことになってしまったわけです。
 このことは契約自由に反する基本的人権の侵害であるとして、訴訟手段で障害者自立支援法の不条理を糾弾しなければならないとする団体もあるくらいです。
 成年後見制度の普及については、主に財産管理しか適用しないという制度欠陥のため、例えば遺産相続が発生した場合のための手段として、急きょ家族等の近親者が後見人になることが多い現状にあります。親愛南の里のような入所施設では、高齢化して親が亡くなり、次いで兄弟姉妹が1人また1人と亡くなるようなことも多くなって、緊急に入院・手術等を要するに至った場合、いわゆる身上監護の部分で、実際には、誰も判断してくれない事態が発生するなど困る場合があります。
 他方、一般的な売買行為(契約)では、認知症の人が住宅の改修工事等で詐欺に遭う事件が度々報道されますが、知的障害者の場合、言葉巧みに(?)布団・ゲーム機器など、明らかに支払い能力を超えるような高額商品を売り付けられてしまうなどの事件があります。この場合、契約の自由を保障してあげたい反面、心神耗弱状態にある者の契約を無効として、福祉関係者が売買を解除(クーリングオフ)してもらうことに奔走する場合もあります。
所有権絶対の原則
 「社会的・公共的な制限はあるが、自分の物は何らの拘束を受けず、何人に対しても所有する権利がある」
 言うまでもなく、自分の物(財産)は、公共の福祉に優先されないかぎり、他人から守られて当然であります。しかしながら、入所施設の丸抱えの生活の中では、自分の物と他人の物の区別ができず、トラブルになることが多くあります。この場合、支援する側のサポートで、元の所有者に戻れば、所有権は守られることになります。
 問題は、自分の物としての自らの身体・生命に所有権絶対の原則があることです。一般的に、現在の医療界では、患者家族からの医療ミス等での訴訟を恐れる余り、2重3重の家族の同意を取る傾向があります。これ以前の本人の同意の段階から、例えば、知的障害者が病気や怪我で手術を要する場合、家族の同意を得て初めて手術が可能になります。つまり本人の代理人としての近親者の同意がなければ、実際に病院に到着しても手術をすることができません。先に述べた成年後見人は、主に財産管理に当たる以外は、代理権はありませんし、もちろん福祉サービスの事業者としての施設長他にあっては手も足も出せないことになります。
 したがって、いくら遠縁でも、複数の、最低1人でも、何時でも緊急の事態には連絡のつく家族が必要とされるところです。もっとも、生命にかかわるような緊急の手術には、医師に人命救助の原則がありますので、手術を行えないということではありません。

少しややこしくなりましたが、自由を保障する3原則を、障害者に完全に補完するには、家族頼みの思想が先ずあります。しかしながら、家族を構成する結婚観の変化、少子化の影響等により、旧来の家族が崩壊しつつありますので、現実には家族に頼らざるを得ない現状の中、成年後見制度の限界もあって、正当に障害者が自己選択し、自己決定するには、まだ解決しなければならない課題が残ります。他方、障害者自立支援法の欠陥によって、自己選択・自己決定は不当に狭められているのも事実です。
私たち福祉関係者は、このような困難な時代にあっても、自らの持てる責任性と専門性の名において、障害をお持ちの方ひとりひとりの意思の中で選択し、決定していただいた福祉サービスをきちんと提供して行きたいものです。
(『親愛南の里NO43』平成20年8月1日より、施設長 矢部 薫)
※印註:親愛会では、平成22年5月より埼玉県地域生活定着支援センターを開設しました。