富士山礼賛〜武蔵野絶景記〜

“武蔵野から見た冬の富士山はひたすら美しい”などと、心弾ませながらの早朝の散歩は、寒風吹く中でも楽しいものです。
私の日課としている散歩の時間は1年を通して朝6時と決めているのですが、日の出の時間に合わせて、夏はそれよりも30分程度早めになることもあります。逆に、冬は夜明けを待ちながら徐々に遅らせていって、とうとう6時30分頃のスタートとなってしまい、出勤時間がせまってきます。調べると、当地の日の出は1月7日を挟んで6時52分、この前後10日間が1年でもっとも遅いということです。
コースは1周4キロ1時間もかからないのですが、途中には3か所、富士山のよく見える場所があります。
出かける時間、そして何より天候にもよりますが、最初のポイントは狭いながらも武蔵野の農村風情の中に裾野まで見通せる所です。ここで見る夜明け前の富士山は、山全体が白色のうちに、まるで洋画家、藤田嗣治の一連の人物画の“乳白色の肌”のようにたおやかに美しいのです。
次のポイントは、武蔵野の新田集落の家々の前を西に伸びた街道に沿って歩くとまもなく見えてくる所です。ここで見られる富士山は、まるで江戸時代中期の琳派始祖、尾形光琳作『紅白梅図屏風』中の曲水のいぶし銀のように黒々として、小高く横たわる狭山丘陵の雑木林の上に、どっかりと腰を下ろした格好で、時間的にはごくわずかですが、これまた頑強に美しいのです。
3番目のポイントは、その雑木林の北面に抜けて、そこから見え隠れする所です。この頃になると、富士山もサーモンピンクに輝いて、まるで葛飾北斎の浮世絵版画33『冨嶽三十六景 凱風快晴』の通称“赤富士”が格調高く待っています。
そして、休日の、日が高くなっての散歩は、特に大霜の降りた朝は、一面、まるで白銀の世界です。少し遠回りして不老川沿いの農道を行けば、そこかしこに広がる茶畑の遥かかなたに富士が見えて、1キロ2キロの道のりに遮るものもなく、冬の富士山をたっぷりと味わうことができます。眺めているうちに、富士山をテーマのキャンバスを想像すれば、片岡球子氏の装飾的な中にも個性的な富士山や、絹谷幸二氏の極彩色のエネルギッシュな富士山も見えてきて、とても楽しく幸せな気分にさせてくれます。
ところで、私の職場のデスクは2階にあって、左の窓からは富士山、右の窓からは現在建築中の特養ホーム「みどりのまち親愛」の工事現場が見渡せます。私は、上述、北斎の版画5『本所立川』38『遠江山中』40『尾州不二見原』の富士を遠景に大きくフォーカスした製材現場の画面のように・・・、向かって左を丹沢山塊、右を秩父山塊にして、奥多摩の奥にたたずむ富士山に、天に突き立つ大型クレーンを当てはめたい気分にかられます。
起重機の 富士に架かるや 若菜粥
ちなみに、日の出は、ここ1〜2週は足踏みしても、その後1日1分の割合で夜明けが早くなっていくのだそうです。心も一段と明るくなってきます。
本年もよろしくお願い申し上げます。
(理事長 矢部 薫)